近江史を歩く

51.神の宿る伊吹山(米原市)



 
 日本百名山の一つ伊吹山は、滋賀県と岐阜県にまたがる。山頂部は滋賀県米原市に属し、標高1,377 mは滋賀県最高峰である。織田信長が安土城にいた頃、ポルトガル人宣教師が薬草栽培を進言。伊吹山に薬草園を開設させ、約三千種のハーブがヨーロッパから移植されたと言われている。伊吹山の周辺部では、昔から豊富な薬草が自生し地元の薬草を用いた生活が営まれてきた。中でも、伊吹百草や伊吹もぐさは最も古い薬草利用である。
 

 
 伊吹山は古くから神が宿る山として、信仰の対象であった。ヤマトタケルは近江国伊吹山の「山の神」を討とうとした。山の途中の登り道で大きな白い猪に出会うが、山の神の家来だと考えたタケルはそのまま先に進んだ。実はその猪は山の神そのもので、軽んじられて怒った山の神はタケルに激しい雹(ヒョウ)を降らせた。居醒泉(イサメガイ)で少し回復したものの、傷ついたタケルは大和に向かう途中の伊勢国能煩野(ノボノ)で力尽きて亡くなった。「居醒泉(イサメガイ)」が米原市「醒井(サメガイ)」の地名の由来である。醒井宿には豊富な湧き水があり、旅人の絶好の休憩場所であった。
 


 伊吹山には「伊吹弥三郎」という巨人伝説が伝わる。身体が山のように大きく、夜になるとどこからか出てきて、村の中を歩き回り、食べ物や娘をさらっていったという。この弥三郎の正体は、山賊であったとも、あるいは山に住んでいた変化(ヘンゲ)のもので、鬼の酒呑童子の父であったという説もある。伊吹弥三郎には実在のモデルがいた。近江国坂田郡柏原荘の柏原弥三郎という地頭。権力に盾突き伊吹山に逃げ込み身を隠すが、佐々木信綱に滅ぼされる。権力にまつろわぬ者たちは「鬼」と化す。山はその者たちのアジトであり、アジールであった。



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